2012年10月18日

最近の小説の書評です

 最近読んだ日本人作家の小説の書評を書いてみました。作家は新しい人を選んでいます。『リング』(1991年)も入ってますが・・・・。『リング』を入れた理由は最近の小説の出来があまりに酷いからです。誉める作品がないので強引に入れました。

1. 文句なし、おもしろい!
『リング』鈴木光司:読んだのは随分前になります。映画版をテレビで見ておもしろかったので、買いました。私は死後の世界や霊魂など全く信じていませんが、そんな私が夜中にトイレに行けなくなったほど恐かったです。ただ残念なことに続編の『らせん』以降はおもしろくありませんでした。



2. 一読の価値あり
『テロリストのパラソル』藤原伊織(1995):これも随分前に読んだので記憶が薄れていますが、おもしろかったです。話が安保闘争の時代にさかのぼるので若い人には理解しにくい(私でさえよくわからない)ですが、物語の構成はよくできています。オチはアメリカのある有名な映画を彷彿とさせます。


『冷たい校舎の時は止まる』辻村深月(2004):これはすでに書評を書いておりますので過去ログ(9月27日)を参照ください。


3. 駄作
『OUT』桐野夏生(1997):評価が高かったので読みましたが、設定が地味でオチもつまらなかった。犯人の異常心理であったり、死体を切り刻む仕事を請け負ったりと残虐なシーンが多いですが、それほど異常さを感じられません。日本人はまだまだ異常心理の描写が甘いと思います。
『すべてがFになる』森博嗣(1996):工学博士の肩書きを持つ理系作家の処女作です(第1回メフィスト賞受賞)。密室トリックは「さすが」と思いましたが、他の設定(血縁関係)がつまらない、というか気持ち悪い。血縁トリックを語れば右に出るものがいない横溝正史の大ファンである私には、ちょっと不愉快でした。


4. 読書に投下した時間を返してほしいレベルの駄作
『殺戮にいたる病』我孫子武丸(1992):ある知人に「おもしろいから読め」と勧められて読みました。・・・・くだらない。まずオチですが、これは詐欺のレベルですね。しかも気持ち悪い。あまりの酷さに「えっ!」と思いました。それから犯人が女性を殺して、その死体から乳房を切り取り、それを鏡の前で自分の胸にあてて喜ぶシーンがあります。この場面の作者の意図は犯人の異常性を描写したかったのだと思いますが、私は失笑と苦笑が止まりませんでした。先にも書きましたが、日本人は残虐シーンを描くのが下手すぎる。
 全く関係ありませんが、この本を勧めてくれた知人が去年自殺しました。理由はわかりません。ただその意味では記憶に残る1冊です。
『葉桜の季節に君を想うということ』歌野晶午(2003):1週間ほど前に図書館で借りて読みました。「このミステリーがすごい!」の2004年のベスト1の作品なので期待しました。そして期待通りおもしろく読めました・・・・オチまでは。オチでなにもかもブチ壊しです。『殺戮にいたる病』と同じ系統のどんでん返しで、詐欺だと思いました。だまし絵のレベルです。そしてオチがわかると物語全体の構成が極めて気持ち悪くなります。吐き気がします。私は絶対お勧めしません。
 ただリーダビリティ(読みやすさ)はすごいです。斜めに読んでも話が進みますから。
『となり町戦争』三崎亜紀(2005):小説すばる新人賞を受賞し、その評価がすこぶる高いため図書館で借りました。第一の着眼点は素晴しいと思います。単なる行政区画に過ぎない町同士が戦争をするのですから。ただ素晴しいのはここだけです。いくらページを繰っても何も起こらない。戦争という概念をどう捉えているのか興味があったのですが、一向にそれも見えてこない。退屈な描写が延々と続くため、ページがなかなか前に進まず、薄い本にもかかわらず三分の二ぐらいで放り出してしまいました。完全主義の私が途中で放り出したのですから、どれだけ退屈であったかお察しください。

5. 出版社の品性を疑うようなレベルの駄作
『向日葵の咲かない夏』通尾秀介(2005):図書館で貸出中だったので、BOOK OFFで105円で買って読みました。読み終えたのはおとといです。リーダビリィが高く、途中までは確かにおもしろかった。しかし真ん中あたりで不安になりました。「これだけ大風呂敷を広げて、作者はどう落とし前をつけるのだろうか?」と。そう不安になるほど謎を大盤振る舞いしていたのです。そして予想通り作者は謎と伏線のほとんどを放り出して物語を終わらせてくれました。このあつかましさに私は拍手を送りたい。そしてこの駄作を平気で世に送り出した出版社(新潮社)にも災いが降りかかるよう祈りたい。さらにおどろくべきことにこの作者は直木賞をとっています。芥川・直木賞は作品に対して贈られるというのが建前ですが、受賞作は大概その作家の代表作ではないため、選考委員がそれまでの作家の業績の方を重視しているのは明白です。かつこの作家の代表作が『向日葵の・・・』であることを考えると他の直木賞受賞者に対して失礼だろうと思うのです。創作活動でオチを日々呻吟している私からすれば、直木賞なんて誰でもとれるのか、とやる気がうせてしまいます。
『格闘するものに○』三浦しをん(2000):癇に障る文体、何も起こらない退屈なプロット。これも私が直木賞の存在意義を疑った一冊でした。

 私がここで取り上げた作品はほとんど文壇である程度の評価を確立しているものだと思います。それにもかかわらず駄作が多いのは、現在の日本のエンターテイメントのレベルが格段に下がっていることの証左でしょう。だからどうしても最近の作家を避けて古典に目が向くのです。私は小学生の頃から江戸川乱歩や横溝正史を愛読してましたが、この二人の作品を読んだ後に、今回挙げたミステリーを読むとまるで子ども騙しのようです。
 ミステリーの醍醐味はラストの意外性にあると思います。今回挙げたミステリーにはことごとく失望しましたが、お口直しにその代表作を三つ挙げてみます。
『アクロイド殺し』アガサ・クリスティー(1926年)



『黄色い部屋の謎』ガストン・ルルー(1907年)



『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン(1929年)



 殊に『アクロイド殺し』の結末はあまりに有名で、ご存知の方も多いと思います。私は小学生のとき、何も知らない状態で『アクロイド殺し』を読んで脳みそをガツンと殴られたような衝撃を受けました。とても幸せでした。『アクロイド殺し』の結末を知らず、これから読む人も幸せです。

posted by つばさ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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