2012年10月23日

映画『愛の嵐』とエロティシズム

 『愛の嵐』は1973年に公開されたイタリア映画です。私は中学生のとき初めてテレビの深夜放送で見ましたが、大変興奮したのを覚えております。今改めて見返してみると、それほど性描写が激しいわけではありませんが、やはり40年前に公開された映画だということを考えると、当時は大騒ぎになったのではないかと思います。
【あらすじ】
 1957年、元ナチ親衛隊の将校マックスは身を隠すようにウィーンのホテルで夜のフロントをしていた。そのホテルへルチアがアメリカの著名な指揮者の妻として現れる。ルチアは大戦中、マックスに強制収用所で弄ばれたユダヤ人女性であった。ルチアは戦争犯罪人としてマックスを告発せず、あえて13年前の倒錯的な愛の世界に2人で後戻りしていく・・・

 私が初めてこの映画を見たとき、ルチア役のシャーロット・ランプリングを見て「世の中こんな綺麗な人がいるのか」と驚きました。特に場面が収容所時代にカットバックしたときのショートカットでガリガリに痩せたシャーロット・ランプリングの美しさは目を見張るものがあります。
 この映画で最初に出てくる印象的なシーンは、マックスと男色関係にあると思われるバートという登場人物がクラシックバレエを踊るところです。バートは居並ぶナチの将校の前で股間に布をつけただけのほぼ裸の状態でバレエを踊ります。このシーンが綺麗でかっこいい。さらに曲名はわかりませんが、背景に流れる曲がいい。そして後半ルチアが強制収容所で居並ぶナチ親衛隊の将校たちを前にして、マレーネ・ディートリッヒの歌を歌うシーンがあります。このシーンは前半のバートがバレエを舞うシーンの対称軸として捉えられている印象的なシーンです。シャーロット・ランプリングがナチの制帽に長手袋、上半身裸でズボンをサスペンダーで釣った格好で切々と歌うシーンは映画のストーリー云々を超えたところで芸術的な美しさを描き出しています。またこの映画のテーマである退廃、デカダンスがもっとも濃縮されているシーンだとも言えます。
 この映画には明確なプロットというものがありません。にもかかわらず多くの人々がこの映画の虜になっています。芸術的な側面を前面に出した映画は私は好きではありませんが、この映画だけは例外で、その記憶が深く私の胸に刻み込まれています。
 補足になりますが、『愛の嵐』公開後、「ナチスの戦争犯罪を肯定しているのではないか」というような批判があったらしいです。確かにユダヤ人が見たらあまりいい気はしない映画だということは言えるでしょう。しかし映画の中でナチスを積極的に肯定はしているところはありません・・・否定もしていませんが。マックスがナチの残党の仲間と集まっているとき右腕を挙げて「ジーク・ハイル!」と叫ぶシーンがあります。また残党の仲間が「第三帝国はいい時代だった」というようなニュアンスのことも言っていた気がします。しかし『愛の嵐』はあくまでフィクションですから、この程度のおふざけは許容できる範囲である、いやしないと映画なんか作れないだろう、と思います。ドキュメンタリーなら話は別ですが。あるいは私の歴史認識が不足しているのかもしれません。

 ところであるサイトを見ると、この映画がジョルジュ・バタイユの思想的影響を受けていると書いてありました。エロティックなものをなんでもかんでもバタイユの影響にしてしまうのは、いささか短絡的な気がしますが、バタイユが性を正面から見据えた哲学者であることは間違いありません。



【ジョルジュ・バタイユ】
 私はまだバタイユの著作を読んでいる途中ですが、バタイユの思想を簡単に紹介しておきます。
 バタイユは「悪の哲学」と呼ばれる独自の思想を生み出し、今日でも高い評価を受けています。バタイユによればエロティシズム(エクスタシー)とは禁止されたタブーを侵犯するときに生まれ出るものだそうです。ここに人間の性的快楽と動物の性的快楽の快楽の違いがあると、バタイユは言います。人間の社会は禁止によって性や死を排除しようとします。それは秩序を維持し、協同的な労働を可能にするのに必要だったわけですが、同時に強い禁圧となって、我々人間を縛ってきました。その禁止を犯すとき、われわれは罪の意識とともにエロティシズムを感じるのです。
 「汝殺すなかれ」という死の禁止が、もっとも強い禁圧であるがゆえに、他人のものであれ、自分のものであれ、命を危うくする行為には、もっとも強烈なエロティシズムが潜んでいるといいます。したがって犯罪者の中には犯罪そのものの中に強烈なエロティシズムを感じるがゆえに、傍から見ると動機がわからないものもありますし、一度捕まってつらい思いをしたはずなのに、また犯罪を起こす再犯者が多いのも、禁止を犯すエクスタシーに抗しきれないのでしょう。
 『愛の嵐』のなかでもルチアは指揮者の夫など何もかも放り投げてマックスの元に走ってしまいます。理性をもって考えれば絶対にこんな行動はとらないはずですが、マックスのもとに走ることに強烈な禁止があるからこそ、ルチアはその禁止を破ったとも言えます。
 私は上記で理性をもって考えれば、と表現しましたが、バタイユを含めて西欧の哲学者たちは西欧的価値観を否定し、西欧的知性を乗り越えることを目標に必死で格闘してきました。バタイユは理性を笑い飛ばし、非理性的なもの、人間の根源的欲求を重視し、西欧の同時代人を遊び、戯れの中に引き戻そうとします。したがってルチアの行動はバタイユら哲学者の視点から見れば至極理にかなったことなのでしょう。彼はシュルレアリスム運動にも積極的に参加し、19世紀のマネ以降の印象派芸術にも傾倒していきます。

 ここで昨日読んだバタイユの小説を紹介いたします。
『マダム・エドワルダ』(1941年)
『目玉の話(眼球譚)』(1928年)
光文社古典新訳文庫(2作品が1冊に入っています)
 短い小説です。私のような詩的センスのないバカには単なるポルノ小説としか思えませんでしたが、読む人が読むと深い意味をくみとることができるのかもしれません。『目玉の話』などは1928年(昭和3年)発行です。世界大恐慌の1年前にこんな卑猥な話を出版していたのか、と驚きましたし、『マダム・エドワルダ』はフランスがドイツに占領されていた時代に発行されています。この時代に日本、アジアでこれだけきわどいポルノ小説が発行されるなど考えられません。またバタイユのことを何も知らない人が『目玉の話』を読むとかなり面食らうと思います。今の日本人が読んでも眉をひそめるような内容です。なんというか、スカトロジックな内容に満ちているからです。性に関して言えば、西欧は進んでいるというか、あけすけですね。これは西欧が良くて日本が悪いという意味ではありません。比較文化論的に見れば、良いとか悪いとか論じるのはナンセンスです。しかし死に対してまでもあけすけになれば、西欧はバタイユの理想にさらに近づくことになるわけですが、果たしてそれが人類の行き着くユートピアとなるのかどうかは誰にもわかりません。

posted by つばさ at 23:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
Posted by 職歴書 at 2012年10月24日 20:56
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