2013年02月13日

『あの戦争は何だったのか』(保坂正康著)――戦争について考える――

 この本は8年前に出版されて、かなり話題になりました。私も読もうと思いながら当時の仕事が忙しく、やっと今読破できた次第です。本書の特徴・特色としては、他の大戦物の書物と違って、当時の軍部を徹底的に批判しているところです。戦争を美化するような記述はどこにもありません。著者の保坂氏の大戦史観は『きけわだつみのこえ』からはじまっており、それは特攻≠ニいう無謀な攻撃のため、多くの前途有望な若者の命を奪われたことへの怒りだと思います。私も同感です。
 まず、この本を手にとって、その帯を見ると「太平洋戦争の総括なくして、どうして平和が語れるだろう?また日本は何を反省すればいいのか?この本にはその答えがある」と記載されています。

 またさらに本書冒頭の「はじめに」には、読者の好奇心をそそる様々な文言が記述されています。
「戦後60年の間、太平洋戦争は様々に語られ、捉えられてきた。しかし私にいわせれば、太平洋戦争を本質的に総体として捉えた発言は全くなかった。“あの戦争とは何であったのか、どうして始まって、どうして負けたのか”」
「歴史を歴史として提示しようとすればするほど、必ず“侵略の歴史を前提にしろ”とか“自虐史観で語るな”などといった声が湧き上がる。しかし戦争というのは、善いとか悪いとか単純な二元論だけで済まされる代物ではない。あの戦争にはどういう意味があったのか、何のために310万人もの日本人が死んだのか、きちんと見据えなければならない」

 私は本の帯と「はじめに」を読んで大きな期待に抱きました。私は保守派のいう自虐史観の持ち主ですが、どのように私の戦争観、歴史観を変えてくれるのか、楽しみにしながらページをめくりはじめたのですが・・・
 以下でまず本書を読んで、私が目新しいと思った部分を挙げていきたいと思います。

【日米開戦の黒幕は誰か?】
 多くの歴史教科書や一般的な概説書、あるいは日本国民のほとんどが「あの戦争は、軍部、特に陸軍の暴走で引き起こされたのだ」とみています。満州事変、日中戦争が関東軍の独断ではじまり、開戦時の首相が陸軍トップの東条英機だったという事実によって、われわれは自然とこのような結論を導きがちです。しかし保坂氏曰く、
あの戦争をはじめたのは海軍だ≠ニ。
 その論拠として、@いくら主戦派の陸軍が強硬論を唱えても、実際海軍が護衛しないと南太平洋に渡れないこと、つまり太平洋戦争で武力発動できたのは海軍だけであること、A海軍を無視してはじめた日中戦争が泥沼化していること、そのことに陸軍が海軍に引け目を感じていたこと、B1922年のワシントン軍縮会議で、日本の軍艦保有比率が英米より低く定められたことに、海軍内で不満がくすぶっていたこと、などが挙げられています。
 そして海軍首脳はこの状況をうまく利用しました。企画院が実施した石油の備蓄量の調査への回答を海軍は「答える必要がない」と一貫して無視し、国内に石油がないように見せかけ、日米開戦を正当化したというのです。
※保坂氏は当時、実は石油はあった≠ニ述べていますが、残念ながらその根拠は示されていませんでした。
 こうして海軍は悪者になることなく、巧妙に日米開戦にこぎつけたというわけです。このことは東京裁判で28人のA級戦犯のうち、海軍軍人はたったの3人、しかも絞首刑に処されたのは、広田広毅以外すべて陸軍軍人であったという結果からも、うかがいしることができます。

【一人歩きする精神論】
 大戦中、日本軍は玉砕、神風特攻隊など、まるで人間性を無視した作戦を取り続けます。玉砕については戦陣訓の生きて虜囚の辱めを受けず=A神風については『葉隠』の武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり=Aなどの精神論のもと、正当化されました。ちなみに日本兵は戦争捕虜の取り扱いに関する、ハーグの国際協定を知らなかったそうです。
 こうした精神主義について保坂氏は次のように述べています。
まるでこの言葉(生きて虜囚の辱めを受けず)には、「潔さ」の美学があるようである。しかし、そこには知性も理性も、国際的な感覚もない、あるのは「自己陶酔」だけなのである
 こうした精神主義は、日露戦争に勝ってしまった驕りからきていると言います。しかし日露戦争の勝利は、英米の後ろ盾にほとんどを依存している、ということが当時の軍人の頭から抜けてしまっていたのでしょう。

【日本人の団結力】
 大戦中、日本全体が勝利という目標に向かって一致団結しました。「忠君愛国、一億玉砕」を合言葉に、国民は銃後においても貧しさや厳しい工場労働に耐えました。このような並外れた集中力・団結力を見せた国家は、歴史上稀有な存在だと思います。保坂氏曰く、
敗戦後のどん底生活から、高度成長を成し遂げた。その「集中力」たるや、私には太平洋戦争に突入した時の勢いと似ているように思えてしまう。つまり逆にいうと、高度成長期までの日本にとって、「戦争」は続いていたのかもしれない。ひとたび目標を決めると猪突猛進していくその姿こそ、私たち日本人の正直な姿なのだ
 ただし、この日本人の集中力、団結力の源については触れられていません。おもしろいテーマなのですが・・・。

【本書に対する私の個人的所感】
 「日米開戦の黒幕は海軍だった」という説は、保坂氏なりの独創的な見解だと思いますが、そうすると開戦については、軍内部の問題、軍が独り相撲をとって戦争がはじまってしまった、と読み取れてしまいます。そこには英米の思惑(ヨーロッパ戦線とのかかわり)、日本国内のマスコミ、世論の動向などという視点が完全に抜けており、それが致命的な欠陥だと思います。「開戦の黒幕は海軍」という説が真実であるにせよ、それは複雑に絡み合った要因の一つの断片に過ぎず、歴史の連続性という観点が欠落しています。

 そもそも太平洋戦争とは、アメリカの策略にのせられた日本がはじめざるを得なかったということは、高校世界史を学習した人なら誰でも知っているはずです。アメリカが石油など主要資源の輸出を止めてしまえば、日本が戦争に踏み切らざるを得ない、ということは米政府は百も承知で、なぜそんなことをしたかと言えば、日本の中国からの撤退要求を建前にしながら、日本との戦争を口実に、国内世論をヨーロッパ戦線への参戦へ導きたかったからです。満州事変のリットン調査団など完全に茶番です(そこには正義などかけらもなく、ただ日本の中国大陸での勢力拡大を止めたかっただけ)。私は真珠湾攻撃も米政府は事前に詳細な事実を知っていたと考えています。日本の国家機密はすべてアメリカに筒抜けでしたから。ある程度米本土が被害を受けないと、世論を参戦へ導けないわけで、真珠湾の被害は想定内、そして米政府の思惑通り、世論は一気に参戦へと傾いていきました。

 また、もっといえば、世界大恐慌がなければ、満州事変も、ヒトラーの台頭もなかったわけで、第二次世界大戦を突き詰めれば、資源をもたない枢軸国側の生き残り作戦だったとも言えます。世界大恐慌の結果、天文学的なインフレに見舞われ、絶望的な経済状況に陥ったドイツ国民は、バラ色の将来をうたうヒトラーにつけこまれる隙を与えてしまい、日本もまた然りです。経済が安定していれば、関東軍が勝手に満州で軍事行動をはじめることなどなかったでしょう。誰でも食うものがなくなると、狂気に陥るものです。
 したがって、上記のように高校世界史を学習すれば誰でもわかるぐらいのことは、本書でも触れてほしかったと残念に思います。その上で「あの戦争は何だったのか」を多角的に分析して読者に提示してほしかった。

★ イギリス帝国主義の罪悪 ★
 本書とは話がずれますが、イギリス帝国主義について記述したいと思います。それは戦争とは勝てば官軍で、正義などどこにもないという事実を、私たちは今一度かみしめる必要があると考えたからです。近現代史で国家による最も残虐な行為は、もちろんナチス・ドイツのユダヤ人虐殺ですが、イギリス帝国主義は歴史の表舞台には現れない汚い政策を行っています。

【イギリスの非道な国際政策】
@ 1840年アヘン戦争を起こし、中国に攻め入る。戦争前、イギリスは清朝に対する一方的な輸入超過を是正するため、大量のアヘンを中国に密輸していた。アヘン禍に手を焼いた清朝が輸入されたアヘンを焼き払うと、それを口実にイギリスは清朝に宣戦する。この戦争は英国内でも「不正義の戦争」として非難する人(グラッドストンなど)が多かった。

A 1899年ブーア人(オランダ系移民)が移住した南アフリカのオレンジ自由国とトランスヴァール共和国で金鉱とダイヤモンドが発見されると、その資源を狙い、イギリスが南ア戦争を起こし、両国に侵攻した。この戦争の過程で多くのブーア人が強制収容所に送り込まれ、そこで虐殺されたブーア人は数万人にのぼる。
B 第一次世界大戦時、イギリスは三枚舌外交を展開する。アラブ人とフサイン・マクマホン協定を結び、戦後アラブ諸国の独立を約束(パレスチナを含む)。またバルフォア宣言により、ユダヤ人にパレスチナの土地を与えることを約束。この矛盾した外交により、両者から戦争協力を取り付けた。さらにサイクス・ピコ協定により、英仏露三ヶ国で戦後、パレスチナを分割統治することを決めた。こうして英国は、一つの土地を三者に与えるというデタラメな外交をやってのけた結果、現在の血で血を洗う中東情勢のきっかけをつくった。
C 第二次世界大戦前、チェコスロバキアのズデーテン地方をよこせ、というヒトラーの領土的要求に、英仏首脳は「戦争を避けるため」という建前のもと、ヒトラーに譲歩した。ヒトラーは結局、チェコスロバキア全土を侵略するが、これに関しても、英仏は何も言わない。英仏政府は腹の中で、ナチス・ドイツがソ連、共産主義に対する防波堤になることを期待したからだ。したがって独ソ戦開始後、第二戦線形成が遅れたのも、ドイツとソ連の共倒れを狙った連合国側の姑息な姦計があったから。
 特にひどいのがパレスチナに関する三枚舌外交ですが、これに関してイギリスが何か釈明するのを聞いたことがありません(それどころか1956年第二次中東戦争でフランス・イスラエルとともにエジプトを攻撃し、国際的な非難を浴びている)。
 なぜイギリスの三枚舌外交に関して、誰も何も言わないのでしょうか?

 それはイギリスが戦争に負けていないからです。勝てば官軍であり、勝者の論理で戦後世界が動いている以上、戦勝国に対しては誰も何も言えません(米国もまた然り)。戦争犯罪人を裁く国際軍事裁判など茶番以外の何物でもありません。まあ、戦争当事国はそれを覚悟の上でやっているのでしょうが。戦犯に対する罪状は「人道に対する罪」ですが、そんな罪は戦勝国も山ほど犯しているわけで、相対的に見れば、理不尽極まりありません。
 そして英米が中東政策について、仮にいまさら「間違っていた」と弁明したとしても、もう手遅れです。イスラエルは絶対動かないし、アラブの憎しみは消すことができないでしょう。英米に関しては、他国の政策を批判する前に、自国の外交を省みてほしい。ジャンボ旅客機で自爆テロをするところまでアラブの人々を追い込んだ責任を省みれば、とても他国の外交を云々言う資格はないはずなのです。
 勝者である英米に正義があるわけではなく、また両国は民主主義・自由主義の盟主でもありません。しょせん自国の利害しか考えていない三流国家です。

 本書を読んで、その主張とは関係のないところで「戦争における正義とは一体何だ?」とあらためて考えさせられました。
posted by つばさ at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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