2013年04月02日

クローン人間

 今回は『クローン人間』(響堂新著、新潮選書)を読んで、クローン人間とその周辺技術について見識を新たにしました。
 恥ずかしいことに、私が今までもっていたクローン人間に関する知識は全くのデタラメでした。高校生の時、生物の教科書でニンジンのカルス培養の記述を読んで、クローン人間も大方体細胞を適当な培養液に漬けておくと、大人の人間がポコンと出てくるのだろう、ぐらいに思っていました。無知とは恐いものです。

 『クローン人間』は2003年1月に発行されたものなので、学術的には時代遅れの部分が多いですが、最近まったくクローン人間の話を聞きません。なぜかわかりませんが、おそらく倫理の壁が立ちはだかっているのでしょう。
 2002年4月にイタリアの産婦人科医アンティノリがクローン人間をつくった、と発表して世界を驚かせました。しかしその後日談をとんと耳にしないので、ネットで調べると、2009年の記事が出ており、彼が手掛けたクローン人間は男2人、女1人で、3人とも現在東欧のどこかで元気に暮らしているそうです。
 この医者の話が事実かどうか、プライバシーの保護を理由に情報の公開を拒んでいるのでわかりませんが、クローン人間の作製が現段階で技術的にほぼ可能なことは事実です。クローン技術が切り開く未来、それがはらむ問題点などを私の所感を交えながら、わかりやすくまとめてみたいと思います。

【クローン人間の作製方法】
 クローン生物が世界中の注目を集めるきっかけとなったのが、1996年英国において体細胞クローン羊のドリーが誕生したという衝撃的なニュースでした。哺乳類のクローンはドリーが第1号です。ドリーの生みの親の一人の発生生物学者のイアン・ウィルマット博士は、以下の方法でドリーをつくり出しました。
@ 6歳になる妊娠中の羊の乳腺上皮細胞(要するに普通の体細胞)を培養液に浸して核を取り出す。
A 別の雌羊の未受精卵を取り出し、マイクロピペットを使って未受精卵の核を取り除く。
B 先に取り出しておいた乳腺上皮細胞の核を未受精卵に移植する。
C シャーレの中で桑実胚、あるいは胚盤細胞になるまで育てる。
D これを代理母となる別の雌羊の子宮に着床させる。
 こうした手順を踏んでドリーはこの世に生を受けました。ドリーの遺伝子は乳腺上皮細胞をもつ羊とまったく同じです。
 人間の場合は、男性の体細胞(皮膚、口腔粘膜、白血球など)をそのまま核を抜いた女性の成熟卵胞に押し込み、卵子と隣り合わせにしておきます。この段階で電気刺激を与えると、卵子と体細胞の細胞膜が融合して一つの細胞になり、分裂を開始します。そして胚盤細胞になるまでシャーレで育てた後、女性の子宮に着床させます。
 こうして生まれる赤ん坊は男性とまったく同じ遺伝子をもつことになります。
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 一時期話題になったクローン牛も羊や人間とまったく同じ方法でつくられます。
 一般にクローン技術というと上記のような体細胞クローン技術のことを指しますが、受精卵クローンという技術もあります。簡単に言うと人為的に一卵性多子をつくり出す技術のことですが、クローン人間とは話がずれるので割愛します。

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【体細胞クローンの技術的問題点】
@ 体細胞クローンによって生まれた個体の死亡率が非常に高い。ドリーの作製の場合、277回試みて1回しか成功していない。クローン牛もこれまで数百頭以上つくられてきたが、その3割が誕生前後で死んでいる。
A 子宮内で異常発育して巨大胎児として生まれてくる個体が多い。原因についていろいろ仮説が唱えられているが、そのメカニズムはいまだ未解明なままである。
B 染色体の両端にテロメアという部分があるが、体細胞クローン個体のテロメアが通常より短い。テロメアは細胞が分裂するごとに短くなり、短くなりすぎると染色体が不安定になり細胞は生きていけなくなる。したがって体細胞クローン個体は寿命が短いのではないか、という説がある。

【遺伝子がすべてを決めているわけではない】
 遺伝子は生物の基本的な設計図を記したものですが、生物は隅から隅まで設計図どおりにつくられるわけではないようです。
 2002年に世界初のクローン猫が公表されましたが、まったく同じ遺伝子を持つオリジナルの個体とは似ても似つかぬ外見をしていました。
 またショウジョウバエを使った実験では、発生をはじめた卵の細胞質の一部を別の場所の細胞質と入れ替えると、胚の空間的秩序がおかしくなりました。この実験から発生中の細胞の運命を決めているのは、遺伝子の入っている核ではなく、細胞質だということが示されています。
 細胞質でいうと、人間の卵母細胞の細胞質は、体細胞の核を移植するとクローン個体として発生するよう遺伝子を再プログラムする力があります。

【不妊治療とクローン技術】
 『クローン人間』の中では、クローン技術と不妊治療の関係について多くのページがさかれていました。クローン技術を使って人間のクローンをつくることについてよく考えてみると、不妊治療ぐらいしか使い道がないような気がします(不妊治療への適用にも問題があると思いますが)。後に述べる再生医療については、あくまでクローン技術の応用・転用であって、人間そのものをつくるわけではありません。
 不妊については、男性側と女性側のいずれか(もしかすると両方)が肉体的な問題を抱えています。現在、男性側(夫)に問題があれば、精子バンクなどから他人の精子を供与してもらい、妻の卵子を取り出して、シャーレの中で受精させるか、他人の精子を注射で妻の子宮に送り込むかの措置をとり、女性側(妻)に問題があれば、第三者から卵子を提供してもらい体外受精をするか、代理母に頼るかの選択をします。問題は、どちらの場合も第三者の遺伝子を子どもが持たざるを得ないということです。
 このような方法で生まれた子どもの中には、自分の親は誰なのかと自己のアイデンティティの確立に悩み、深刻な危機に直面するケースがかなり多いそうです。
 しかしクローン技術を使って子どもをつくれば、少なくとも他人の遺伝子が入ることだけは避けられます。
 したがってクローン技術が不妊治療の切り札となる・・・と筆者は述べてますが「おいおい、ちょっと待てよ」と私は思わず本に向かって本気でツッこみました。
 私の文章の読み込みが足りないか、理解不足かもしれませんが、クローン技術で子どもをつくれば大変なことになります。できた子どもは、父親にしろ、母親にしろ、体細胞を提供した親とまったく同じ遺伝子をもつわけです。わが子が自分とまったく同じ遺伝子をもっていて平気な人がいるのでしょうか?これだったら第三者の遺伝子が混じった方がマシです。子どもの側からみても、親と同じ遺伝子をもっていれば、人工授精・体外受精で生まれた子どもより、自己のアイデンティティの確立に苦しむでしょう。
 
 クローン人間については、知れば知るほど「一体何の役に立つのだろう?」との疑念が強くなります。

【再生医療とクローン技術】
 人間の細胞はたった一つの受精卵からはじまって、細胞分裂を繰り返し、いろんな細胞に分化します。皮膚・筋肉・神経・血液・骨などです。一度分化してしまうと、移植しても他の細胞にはなりません。
 したがって、骨髄移植など正常な細胞の移植が必要な場合でも、自己の他の細胞を移植することができず、体質の合うドナーの提供を待つしかありません。
 そこで発見されたのがES細胞です。ES細胞はあらゆる細胞に分化する能力をもっているため、骨髄移植に使われれば正常な血液に分化しますし、技術が進歩すれば、臓器などの組織をまるまる再生することもできます。クローン技術を応用して患者自身の体細胞を使えば、まったく拒否反応のない理想の細胞をつくることも可能です。
 ただしES細胞の問題点は、人の受精卵を使用していることです。ES細胞は胎児になる前の胚盤細胞の内部細胞塊を取り出したものです。ES細胞をつくるために未受精卵を取り出すのは女性の体に大きな負担をかけますし、それ以上にそのまま育てれば、初期胚は一人の人間になるというところに大きな倫理的問題があるわけです。

 この倫理的問題を解決したのが、今話題のiPS細胞です。山中教授のグループはマウスのES細胞で特異的に発現する24個の遺伝子に着目し、繊維芽細胞という体細胞においてこれらの遺伝子を強制的に発現するようにしたところ、繊維芽細胞をES細胞のような分化万能性をもつ細胞へ変化させることに成功しました。
 体細胞に分化万能性をもたせることには、非常に大きな意義があります。ES細胞がもつ生命倫理という障害を見事にクリアできたからです。iPS細胞の登場によって再生医療が大きく前進したことは間違いありません。

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しかし人類はまだ再生医療のスタートラインに立ったにすぎません。例えば肝臓などの臓器をまるまる再生することを考えると、素材のiPS細胞は発見できましたが、厚みのある臓器を人工的につくりだすのはあまり難しい。各々の臓器には血管が隅々まで行きとどいており、臓器特有の機能もありますので、人間がボトルシップでもつくるように臓器をつくりだすのは不可能です。おそらく遺伝子による誘導によって臓器などの組織を再生することになるのだと思いますが、巷で言われているような臓器やちぎれた指などをまるまる再生するのは、まだまだ先のことのようです。

【最後に】
 クローン技術には素晴らしい点がいくつもありますが、問題点も山ほどあります。繰り返しになりますが、クローン人間をつくることについて私は何の意義も見出せません。
 生命にとって、遺伝的に均一な集団を形成することは好ましいことではありません。環境の変化や病気の流行といった逆風の中で生き残るためには、様々な遺伝子をもった集団の方が有利なのです。したがって生物には近親者の交配を避けるための様々な工夫があります。
 この観点からみると、同じ遺伝子をもつクローン人間をつくりだすことは、人類にメリットがあるとは言えません。クローン人間が登場するときは、マイケル・ジョーダンのクローンを6人つくって、バスケのドリームチームを作る、などといった面白半分のふざけた文脈の中だけです。

 またクローン技術を使えば同性愛のカップルにも、自分たちだけの遺伝子を引き継いだ子どもをつくることも可能になります。しかし人間の不自然な欲求を科学技術の進歩ですべてかなえてやることが本当にいいことなのでしょうか?結局金になるから、当事者たちは自分たちの研究の意義に疑問をもつことなく、必死で成果をあげようとするのです。
 同性愛者が子ども持つ、美容整形で無理やり外見を変える、など不自然なことを「無理なものは無理」とあきらめることが、成熟した社会の一員として私たちに求められているのではないでしょうか。だから、再生医療は別として、クローン人間に対して私はかなりの違和感を感じました。

posted by つばさ at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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