2013年05月07日

『グレート・ギャツビー(華麗なるギャツビー)』スコット・フィッツジェラルド

 本作は6月に『華麗なるギャツビー』という邦題で映画公開されます。主演はレオナルド・ディカプリオで、もちろんギャツビー役です。前々から本作を読もうと思っていたのですが、映画公開をきっかけに手にとってみました。 実際に読んでみると、思いのほか純文学的色彩の濃い作品でした。文体も私好みです。主人公はジェイ・ギャツビーですが、物語はニック・キャラウェイというギャツビーの隣人(後に友人となる)の一人称で進んでいきます。

【あらすじ】
 ギャツビーとデイジーは第一次世界大戦前、恋人として付き合っていました。しかし大戦が始まると、ギャツビーはヨーロッパ戦線に赴き、二人は離れ離れになります。終戦後ヨーロッパを転々としたのち、ギャツビーは帰国しますが、無一文であったため、デイジーの前に姿を現すことができませんでした。そのうちデイジーはトム・ブキャナンという男と結婚しますが、それでもギャツビーはデイジーのことが忘れられず、実業家として成功したのち、彼女の家の近くの豪邸に住んでデイジーを見守り続けます。デイジーのことを忘れられないギャツビーは、キャラウェイを巻き込みながら、デイジーへ接近していきます。

 私がまずおもしろいと思ったのは、語り手であるキャラウェイの役割でした。物語の冒頭で、自分は何かにつけて判断を差し控えるところがあるので、いろんな人から打ち明け話をされてしまうと述べているように、ギャツビーやトムに振り回されます。もっともキャラウェイは語り手なので、各登場人物の行動を把握しておく必要はあるわけですが。通常主人公以外に語り手がいる場合、語り手は黒子に徹するのですが、キャラウェイは受動的にではありますが、物語で重要な役割を演じています。

 そしてあらすじでも紹介したように、物語はギャツビーとデイジーの関係を軸にまわっていきます。男は過去の女にいつまでも未練をもちます。したがって、ギャツビーがデイジーに未練たらたらなのはわかりますが、ギャツビーと再会したデイジーも、彼と再びめぐり逢えたことを涙を流して喜びます。私は女は過去の男に未練を持たない、と常々聞いていたので、何か違和感を持ちました。やはり男が書いた男目線の小説なのかな、と。
 それからデイジーの過去を彼女の幼馴染が語る場面で、トムとの挙式の日にデイジーが酔いつぶれたまま、ある手紙を握り締めて、くしゃくしゃになっても離さないというシーンがあります。この手紙はギャツビーから来たものかな、と大方の予想はつきますが、結局最後までこの手紙が何だったのか、明かされることはありませんでした。ちょっと読者の主観に判断を委ねすぎかな、と思いました。こういう風に出来事をぼやかしておいて、読者の判断に委ねるというシーンがまだあり、感受性の衰退した私はきちんと解説をしてくれないことに困惑しました。
 また文庫の解説に記載がありますが、出来事の時系列におかしなところがあります。たしかにいい加減な作品だと言えないこともない≠ニ同じ解説に書かれていましたが、純文学にはえてしてプロットに欠陥がある場合が多く、それはおそらく作者がエンターテイメントのように事前にプロットを綿密に練ることなく、行き当たりばったりに書いているからだと思います。漱石の場合も同じで『彼岸過迄』では大失敗をしていますが、『三四郎』『行人』『こころ』は素晴しい出来なので、事前にプロットを構成することは純文学には必ずしも必要ではないと思います。

 作者のスコット・フィッツジェラルドはヘミングウェイらとともに「ロスト・ジェネレーション(失われた世代)」と呼ばれています。ロスト・ジェネレーションとは、青年期に第一次世界大戦を体験したため、従来の価値観に疑問を持ち、結果酒や享楽に溺れてしまった世代を指します。
 本作が生まれた1920年代は合衆国の黄金時代で、工業生産は世界の40%を占め(全ヨーロッパの工業生産を上回る)、自動車・電話・ラジオなどが飛躍的に普及した時期でした。この時代を象徴するのがチャールズ・リンドバーグです。しかし『グレート・ギャツビー』はそんな時代に背を向けるように、アメリカ社会の暗部を描写しています。はっきりとした記述はありませんが、ギャツビーも密造酒の売買で巨万の富を手に入れたと暗示されています(1919年〜1933年まで合衆国には禁酒法があった)。合衆国の繁栄は必ずしも作家の精神まで豊かにしたわけではないようです。

 『グレート・ギャツビー』には派手なアクション・シーンやめまぐるしい物語の展開があるわけではないので、どんな映画になっているのか非常に楽しみです。最近の映画の傾向として、観客に判断の余地を与えない、わかりやすい派手なものが多いので、この原作でどこまで観客を引っ張れるのか興味があります。私も是非観たいと思っています。

posted by つばさ at 00:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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